小千谷小学校の歴史
 日本で最初の公立小学校

 江戸時代が終わり明治元年,日本の国は,二つの考えに分かれて戦いをしていました。一つは,265年間続いてきた江戸幕府を中心とした政治をやる方が良いという考えでした。もう一つは,天皇を中心とした新しい政治をやった方が良いという考えでした。この戦いを戊辰(ぼしん)戦争といいました。
 小千谷でも,新政府と会津軍,長岡軍との間に,はげしい戦いが,一ヶ月も続いたのです。長岡藩の家老,河井継之助は,新政府軍の大将,岩村精一郎と話し合いをし,戦いを避(さ)けようと考え,寺町の慈眼寺で会いました。しかし,この話し合いは,失敗に終わり,戦いになりました。小千谷の町は,火で焼かれることはありませんでしたが,約一ヶ月の間,新政府の宿に使われたり,食べものを用意させられたり,人夫(にんぷ)として武器(ぶき)を運ばされたり,傷(きず)ついた兵隊(へいたい)の手あてをさせられたりしました。
 こうした不安と苦しみの中で,新しい日本に役立つ人間を育てるには,だれもが入れる公(おおやけ)の学校をつくって教育することだと叫んだ人が山本比呂伎(やまもとひろき)でした。明治5年(1872)に,全国に学校をつくろうというきまりが出た5年前のことでした。

山本比呂伎(やまもとひろき)



小千谷小学校編「谷小百年のあゆみ」より

 「小千谷小学校が,公立学校として,日本一古い歴史を持つ学校であることは,諸調査より厳然たる事実である。それは,まさに光栄ある歴史である。世界最高の就学率を誇る日本の小学校教育の出発点は,わが小千谷市にあったのだ。しかし,歴史は,その古さを喜ぶだけでいいというものではない。そういう古い歴史に対して,はずかしくない未来をつくることは,現在生きているものの責任である。美しい自然と温かい人に恵まれた小千谷の人々は,必ずやこの期待に応えてくれるに違いない」  
             昭和42年10月 文部省教科書調査官 目崎 徳衛氏   
       


           

開校当時の印


小千谷小学校のあゆみ
    年       学校のできごと  そのころの日本や小千谷のできごと
1868(明治元) ○下町の五智院(ごちいん)で開校し,小千谷校または振徳館(しんとくかん)といった。 ・天皇の社会になった。
1869(明治2) ○学校が蝋座(ろうざ)にうつった。 ・戊辰(ぼしん)戦争で,小千谷も戦場になった。
1873(明治6) ○学校が川岸町の,元の陣屋(じんや)にうつった。 ・学制が決まり,全国に小学校がつくられることになった。
1878(明治11) ○新しい校舎が稲荷町にできた。 ・(明13)北魚沼郡ができた。 
・(明20)旭橋ができた。帝国憲法(ていこくけんぽう)ができた。
・(明22)小千谷が町になった。
・(明24)小千谷病院ができた。
・(明26)日清戦争があった。
・(明27)大水で旭橋が流された。
1899(明治32) ○尋常科と高等科が合併し,男子と女子の校舎に分かれた。 ・信越線が通じた。
・(明38)日露戦争があった。
1909(明治42) ○土川に男子小学校の新しい校舎がたてられた。 ・(明43)魚沼鉄道(魚沼線)が通じた。
1921(大正10) ○男子小学校のとなりに,女子小学校を新築した。 ・(大3)第一次世界大戦がおきた。
・(大8)小千谷スキークラブができた。
・(大9)上越線が宮内から小千谷まで通じた。
1924(大正13) ○男女両方の小学校が統合(とうごう)し,小千谷尋常(じんじょう)高等小学校となった。  
1929(昭和3) ○前の校歌ができた。 ・上越線が全部通じた。
・小粟田飛行場ができた。
1937(昭和12) ○第三運動場をこわして,今の講堂をたてた。 ・魚沼病院ができた。
・太平洋戦争が始まった。
1947(昭和22) ○校名が,小千谷町立小千谷小学校となった。 ・(昭20)戦争が終わった。
・新憲法ができ,6・3制の小学校と中学校がつくられた。
1953(昭和28) 〇開校80周年記念式典を行った。
○今の校歌ができた。
 
1954(昭和29) 〇市制施行により小千谷市立小千谷小学校となった。   ・(昭29)小千谷町,城川村,千田村が合併して小千谷市になり,後,次々とまわりの町村が合併していった。
1956(昭和31) ○千谷川小学校が小千谷小学校と統合した。  
1957(昭和32) ○桜町,山口,時水の三小学校が小千谷小学校と統合し,地獄谷に冬期分校を開くようになった。 ・(昭35)旭橋や小千谷駅が今の姿になった。 
1963(昭和38) 〇開校90周年記念式典を行った。  
1964(昭和39) ○鉄筋校舎創設。 ・(昭38)豪雪(ごうせつ)があった。
・(昭40)市民体育館ができた。
1967(昭和42) 〇開校100周年記念式典を行った。   
1971(昭和46) ○谷小自然園ができた。  
1973(昭和48) ○山本比呂伎,西脇済三郎の胸像ができた。  
1974(昭和49) 〇児童会が「緑鳥会」と命名される。
  「緑鳥会のうた」ができた。 
 
1976(昭和51) ○新しいカラーテレビを全教室につけ,テレビ放送の設備が整った。  
1977(昭和52) ○開校110年記念式典を行った。
○「小千谷小学校史」ができた。
・新しい市民図書館の工事が始まった。
1987(昭和62) 〇開校120周年記念式典を行った。
  緑鳥斜面を整備した。 
 
1997(平成9) ○開校130年記念式典を行った。
  構成劇「学校の創生(そうせい)」を上演した。
  
2000(平成12) 〇学校ボランティアの募集を開始した。   
2004(平成16) 〇上片貝小学校が小千谷小学校と統合した。  ・(平16)中越大震災が起きた。
2007(平成19) ○開校140周年記念式典を行った。  
2009(平成21) 〇山谷小学校が小千谷小学校と統合した。   
2010(平成22) 〇新校舎が完成した。
  改築記念竣工式を行った。
 プールが完成した。
・(平23)東日本大震災が起きた。 
2014(平成26) 〇小千谷小同人会「谷頌会(やしょうかい)」を設立した。   
2017(平成29) 〇校舎跡地5か所合同石碑除幕式、6年生ウォークラリーを実施した。
〇学校創設の案内板を設置した。
〇開校150年記念式典・祝賀会を挙行した。
〇「小千谷小学校のあゆみ」改訂版を刊行した。 
 
このページは,「小千谷小学校のあゆみ」(昭53年初版発行,昭63改訂,平30改訂)をもとに作成しました。


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