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魚沼神社鰐口(うおぬまじんじゃわにぐち)

印刷用ページを表示する 掲載日:2013年2月24日更新

鰐口は寺や神社の軒先に吊(つ)るされ、参拝者が打ち鳴らすことで来意を告げるものです。

銘文(めいぶん)によると、永享9年(1437年)吉谷村の西片弥三郎光行(にしかたやさぶろうみつゆき)が弥彦大明神(魚沼神社)に奉懸(ほうけん)した鰐口であることがわかります。魚沼神社は天香語山命(あめのかぐやまのみこと)をまつり、元は上弥彦大明神と名乗っていました。

この鰐口は鋳銅製(ちゅうどうせい)で、中心部の撞座(つきざ)は蓮弁(れんべん)を波形(なみがた)に略し、中房には七個の蓮子(れんじ)を小円で陰刻(いんこく)し、その外には細かい放射線で蕊(しべ)をあらわし、その内外を圏線(けんせん)(いずれも線刻)で区画しています。正面外区には次の陰刻銘(いんこくめい)があります。

魚沼神社鰐口の画像

南無弥彦大明神 奉懸鰐口越後国魚沼郡吉谷村 永享九年十一月十五日大願主西片弥三郎平光行 敬白

刻銘は、力強く彫りも深い。総径48.3センチメートル、鼓面径42.8センチメートル。
奉納者の西片弥三郎光行については、この地方の豪族か、小千谷西方の地頭となった武士であったといわれています。

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