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慈眼寺山門(じげんじさんもん)

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年1月25日更新

慈眼寺は、小千谷市の中心部、寺町と呼ばれる一角にあります。戊辰戦争の際、薩摩藩が駐屯したことから、慶應4年(1868年)5月2日に長岡藩家老、河井継之助と西軍軍監の岩村精一郎が会見した「小千谷会談」の舞台になりました。会談の行われた本堂は小千谷市の指定文化財に指定されています。山門は明治25年の建築であり、河井継之助が訪れた際には一回り小さい山門があったようです。

建築年代/明治25年明治頃、平成18年改修
登録基準/国土の歴史的景観に寄与しているもの
特徴・評価/境内入口に北面して建つ三間一戸楼門。屋根は入母屋造の正背面に軒唐破風を付ける。禅宗様を基調とし、組物は腰組とも三手先で、上部は尾垂木付とする。板支輪に波紋や鶴などを陽刻し、上部蟇股は龍彫刻とする。安定感ある容姿で細部意匠も見応えのある山門である。

慈眼寺山門の外観慈眼寺山門の外観

慈眼寺上重の組物山門上重の組物

所在地小千谷市平成2-3-35地図
アクセス関越自動車道小千谷インターから車で5分

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