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岩村高俊自伝草稿(いわむらたかとしじでんそうこう)

印刷用ページを表示する 掲載日:2010年7月12日更新

この自伝草稿は、戊辰(ぼしん)戦争の際、北越征討軍の軍監として小千谷に来た岩村高俊(精一郎)の一生を詳細に記録したものです。

慈眼寺(じげんじ)での「小千谷談判」について、この草稿には「慈眼寺において長岡藩の老臣河井継之助(かわいつぎのすけ)と会見、すでに朝敵(ちょうてき)追討の命を受けたり、話し合いの必要なしと座を蹴(け)って立ち、河井が夜を徹して再三面接を求めるけれども応じなかった。」と記述されています。

慈眼寺には、この草稿の前半があり、個人所蔵のものは全文があります。

岩村高俊

弘化2年(1845年)土佐(今の高知県)宿毛(すくも)に生まれ、石川、愛知、福岡などの県知事を経て貴族院議員となり、男爵を授かり華族に列せられた。自伝草稿では生い立ちから広島県知事に終わるまでの一生と社会情勢の変化を詳細に記しています。

慈眼寺所有の岩村高俊自伝草稿表紙の画像自伝草稿の表紙

慈眼寺所有の岩村高俊自伝草稿の内容の画像自伝草稿の内容

個人所有の岩村高俊自伝草稿の表紙の画像個人所有の草稿表紙

個人所有の岩村高俊自伝草稿の内容の画像草稿の内容

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