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百塚

印刷用ページを表示する 掲載日:2010年7月12日更新

百塚は、小千谷市三仏生の集落西側にあり、南北約1キロメートルに直列状に配列された、規則性を持つ塚群です。塚一基の大きさは、底径約4メートル、高さ約1.5メートルを計る円形塚が主体で、現在141基が存在します。以前は150基以上があったといわれています。

塚が作られた年代や性格について書き残された文献は今のところ発見されていません。そのため、多くの謎(なぞ)や伝説などに包まれています。例えば、長岡市越路にある「朝日百塚」の朝日長者と比較され、夕日長者伝説が知られています。朝日長者にせめられた夕日長者が財宝を隠すため塚を造り、盗掘されないよう同じような塚を多く構築したという伝説です。また、庚申(こうしん)信仰に基づいて天変地異の災いから免(まぬが)れたいという祈願を込めて作られたという説や、昔の街道に沿って造築された道標ではないかともいわれています。

天保10年代(1839年~)から塚の保護が始まり、江戸時代後期の弘化4年(1847年)には秩父三十四、坂東三十三、西国三十三、越後三十三観音の各札所の石仏が塚の上に立てられ、塚と共に現在に至るまで大切に信仰されています。以後、50年ごとに法要を行っており、明治23年(1890年)に50回供養、昭和14年(1939年)に100回供養、平成元年(1989年)には150回供養が盛大に行われました。

新潟県内では、中越地方に塚が多く分布し、朝日百塚のほかにも、出雲崎町の出雲崎百塚、南魚沼市六日町の寺ヶ鼻、寺浦百塚、十日町市の川治百塚、柏崎市の夏渡、吉井、大角間の百塚があります。

塚の一つひとつに石仏がまつられている様子の画像100基以上ある塚の上には石仏が立てられています

道路沿いに並ぶ塚の画像道路沿いに塚が141基並んでいます

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